第2章 火使いの暴走・2


Back / Top / Next


 教室を出たカルナリスは、ざわめく生徒たちの群れをすり抜け、一人重いため息をついた。
 彼女は、師匠のキーアに勧められた、実技基礎の講義を聴講し終えたところだった。魔法書2巻の一部を扱った講義で、属性魔法の特性について説明したものだ。必須の単位ではなかったので今まで受けたことがなかったが、昨夜徹夜で読み終えた魔法書1巻のおかげか、講義の内容は大分理解できた、と思う。理解できたのになぜ溜息をついたかというと、講義を聞いて、1巻の前に頑張って読んだ2巻の内容を、かなりの部分、勘違いしていると気づいたからだ。
 これでは、レポートは書けない。当然、クロイには提出できないし、完成したレポートを見たいと言った、まだ名前を聞きそびれたままの少年にも見せられない。
 もう一つ、ため息が漏れる。
 そもそも、あの難解な表現の文章で書かれた魔法書がいけないのだ。基礎とか言っておいて、読解困難な文体で書くって、どんないじめだ。
 徹夜で朦朧とした頭で、カルナリスは思いつく限りの悪態を脳内で吐いていく。

 カルナリスは、今まで、魔法の仕組みとか、構成とか言ったことを意識したことがなかった。
 魔法は、感覚で扱うものだった。難しいことなど考えなくとも、初めから、魔法は使えた。
 大地の魔法に関してだけ言えば、それでうまくいっていたのだ。こうしたい、と思っていた通りに、大地の魔法なら発動する。きっと、相性がいいと言うのはそういうことなのだろう。カルナリスは、大地の魔法と水の魔法の相性がいいらしいから。
 確かに、水の魔法も、大地の魔法ほどはうまくいかないが、そこそこ、それなりには操れる。
 だが、火の魔法、風の魔法がうまく調節できないのは、多分、おそらく、カルナリスが魔法の仕組みを理解していないからだろう、という気がした。いや、気がした、でごまかしてはいけないのだろう。実際、そうなのだ。
 風を吹かせるとか、火をつけるとか、そういう単純な魔法なら、もちろん使える。だが、彼女は出力を調整できない。安定して、同じ力を生み出すこともできない。例えば、ろうそくに順番に火をつけ、それを追うように火を消していく、といった魔法は苦手だ。火が付かなかったり、ろうそく事燃やし尽くしてしまうこともある。単純に火の玉を浮かせることならできるが、同じ大きさの火の玉を維持できない。火をつける魔法と、火を消す魔法は違うものだと思っていたし、火の玉の大きさを維持するためにも魔力を使うなんて、考えたこともなかった。全部、勘だよりだった。
 もちろん、今まで教えてもらってはいたのだ。遠い記憶を思い起こせば、聞いた覚えもある。ただ、理解していなかった。意識しなかった。だから、結果として、カルナリスはいまだに魔法の調節が不得手なのだ。

「やばい。これってきっと、魔法具も、紋様も同じなんだよね」
 カルナリスは現在、魔法具師の手伝いや紋様師の弟子みたいなこともしている。彼女は手先が器用なので、魔法具の修理はお手の物だし、紋様作家の作った図案をそっくりまねして作るのも得意だ。
 けれども、オリジナルの魔法具を作ることはできないし、複雑な呪文を織り込んだ紋様を作ることはできない。
 魔法具を作ることも、魔法の呪文を紋様に織り込むにも、そもそも魔法の構成を深く理解していることが大事なのだろう、と思う。今まで、何となくで作っていた。当然の結果として、オリジナルは失敗作ばかり山のようにある。
 だから、カルナリスはいつまでも見習いのままなのだ。
 魔法具師の見習い。紋様作家の見習い。――そして、光の魔法使いのタマゴ。

「私一体、何がやりたいの」
 魔法具を修理するのは楽しい。紋様を作るのも好きだ。
 小遣い稼ぎ程度なら楽しいが、それを職業としたいと思ったことはない。
 魔法使いになりたいと思う。でも、魔法使いって、何? 自分が目指す魔法使いってなんだろう。単に、魔法が使える人? それだったら、とっくの昔にできている。
 でも、師匠のように光の魔法使いになるのなら、今のままではだめだ。たぶんきっと、圧倒的に知識が足りない。光の魔法使いは、4つの魔法に精通していなければならないのだから。そう、精通。なぜなら、光の魔法使いは全ての魔法使いの頂点なのだから。
 ぐるぐるぐるぐる目が回り、寝不足なカルナリスの意識はそのまま遠くなっていた。







 目を開いて真っ先に目に入ったのは、灰色の石の天井。見慣れぬそれに、カルナリスはむくりと起き上がり、ここはどこだろうと、ぼんやりと辺りを探った。
 彼女が横になっているのは、あまり寝心地がいいとは言えない寝台の上だった。寝台の周りは、白い衝立でおおわれている。
「何で医務室?」
 むくりと起き上がり、周囲を確認する。やはり、医務室の寝台に寝ていたようだ。
 ガラリ、と扉が開く音がして、誰かが近づいてくる足音。ぼんやりとしていると、衝立のわきからオレンジ頭が覗き込んできた。
「あ、起きてた?」
「アリオン?」
「よく眠ってたねえ、カルナリス」
 にやにや笑って寝台に近づいてくるのは、彼女がかつてお世話になっていた火の魔法使いの弟子の、双子の片割れだ。
「ロッドは?」
 いつも一緒にいる彼の相方の名前を呟けば、アリオンは手にしていた分厚い本の束を花瓶台に乗せ、寝台脇の椅子に腰かけながら、苦笑いを浮かべる。
「そうそういつも、くっついてるわけじゃないよ」
「二人そろっているところしか見た記憶がない」
「そう? ロッドは、今師匠と出かけてる。前は俺が師匠と一緒に出かけて、塔を留守にしていたよ」
 最近は、よく交互に出掛けてるんだ、と続けてから、アリオンは「で?」と首を傾げた。
「で?」
「だから、寝不足になるまで、何やってたわけ? たまたま借りてた本を返しに学舎の塔に寄ったら、知り合いがいびきかいて廊下で眠っているからびっくりしたよ。もういい加減、卒業の単位は取っただろう?」
「……」
「えっと、あれ、まだ残ってたわけ?」
 アリオンの追及に、カルナリスは視線をさまよわせる。先ほど受けていた講義は卒業に関係はないものの、卒業の単位には、あと3つ足りないのだ。が、今はそれよりももっと、気にすべきところがある。
「いびき、かいてた?」
「ううん、よだれはたらしてたかも?」
「ええっ!」
 慌てて口元を確かめるカルナリスに、アリオンはにこにこ笑いながら「冗談だよ」と返す。

「じゃあ、まだ必要単位のために授業受けてるわけだ」
「うん、まあ」
 単位のための講義じゃなかったけど、と思いながらも、理由を説明するのが面倒であいまいに答える。それから、ようやくいつまでもベッドの中にいる不自然さに気付き、カルナリスはもぞもぞとベッドから抜け出し、床に足を着けた。が、靴が見当たらない。
「あー。えっと、その、ここまで運んできてくれたんだよね。ありがとう」
 目で靴を探しながらもお礼を言うと、アリオンはベッドの足元に寄せてあった靴を目の前に持ってきてくれた。再度、ありがとうと返す。
「いえいえ、どういたしまして。でも、徹夜もほどほどにね。せっかくちゃんと卒業できるんだから、もうちょっと余裕を持った方がいいよ」
 普段、決して真面目とは言えないアリオンの言葉は、カルナリスの心を容赦なくえぐった。
 余裕。余裕って何さ。
「塔を卒業したって、まだまだ勉強しなきゃなんだしね」
「勉強……」
 ずしり、と重くのしかかる言葉に、カルナリスは横に倒れ、シーツに顔を埋めこむ。
 そう、その通りだ。自分にはまだまだ勉強が足りない、と、ついさっき認めたばかりではないか。
「何落ち込んでるのさ。まだ寝たりないわけ? それとも、今更勉強に怖気づいたの?」
 またもや的確に心中を付かれ、彼女の気力はマイナスに落ち込む。
「師匠が、魔法使いなんて一生勉強しても足りないって言ってたよ」
「え、ニルス先生が?」
 まったく勉強なんて縁がなさそうなマイペースな火の魔法使いの言葉に、カルナリスは勢い良く体を起こした。
「あれで、影で努力するタイプなんだよ。まあ、おかげで俺たちも大変だけどね」
 アリオンがちらりと視線を落とした先には、花瓶台の上に乗せた分厚い本の束。
「……頑張ってるんだね」

「そりゃあね。魔法使いになるためだから」

 迷いなく返ってきた言葉が、正直なところ、一番きつかった。







Back / Top / Next