異世界交換日記事情

薫 月 ・ 1


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 くたくたになって、厨房からリドル様の執務室に向かう。
 最近やっと厨房手伝いに体が慣れてきたと思っていたけれど、まだまだ甘かった。明後日の夜から3日間、王家主催の舞踏会が開かれるらしく、朝から仕込みで殺気立っていた。
 厨房は戦場だった。
 朝の仕込みだけ手伝ってリドル様のところに出勤するはずが、とてもそうと言いだせる状況ではなかった。猫の手も借りたい、というのは、まさに今朝のような状況を言うのだろう。いつまでたっても仕込みが終わる様子がなく、どこで切り上げればいいか全く判断できなかった。というか、次から次へと仕事が舞い込んで、逃げられなかったというのが正しい。結局、厨房から抜け出せたのは昼、というか朝から食べ損なっていたまかないを食べた後だ。まあ、リドル様も文句は言わないだろう。

「やっと会えた!」

 前から聞こえてきた声に、反射的に立ち止まる。歩くときは、顔は真っ直ぐ、視線は4メートルくらい先を見て、とかリドル様に言われてたな、そういえば。俯いて歩いてちゃ、逃げ遅れるってことだよね。うん、まさしく今の状況だ。リドル様の言は正しい。
 まあ、つまりだ。私は逃げ遅れた。結構反射神経いい方だと思っていたけど、やっぱり変質者には敵わないよね。
 くるっと向きを変えていざダッシュ、ってところで、むんずと腕を掴まれた。瞬間、鳥肌が走る。いや、ホントに走ったのだ。ざざざざって勢いで、掴まれた右腕から一気に肩のあたりまで鳥肌がたった。

「まあ、何をしていますの!」
 なんてふしだらな、とか、ここをどこだと思っていますの、とかいう可愛らしい声が3重奏で聞こえてくる。

 かつて、こんなにもホリー嬢に心揺さぶられたことがあっただろうか。いや、ない。

 ホリー嬢とお付きの二人の言葉に、変態は一瞬戸惑ったようだった。その隙に、一気に距離を取ってホリー嬢の後ろに隠れる。まあ、隠れると言ったって、ホリー嬢の方が華奢で、隠れきれないんだけどね。 



薫月1日

 今日はホリー嬢に助けられた。ホリー嬢は、まさに天のつかいだ。
 とても助かった。本当にいやされた。今日の大変なハタラキによる疲れはどこかにはいかなかったけれど、少しはカイフクシタ。
 きっと彼女なら大丈夫。あの変で頭がかわいそうで残念な男も、ホリー嬢と話して心を入れ替えるといいと思う。そうなるまで、ホリー嬢がやつを説教してくれればいいと思う。
 ぜひそうしてほしい。



薫月2日

 いったい何があったのか、もう少し具体的に書いてください。そして、もしまだ昨日の出来事をジルに話していないのなら、包み隠さず彼に報告をしておくように。その時間は取ってあげます。一応これを渡す際に話しているはずですが、貴方は忘れるかもしれませんので、ここにも記しておきます。
 それから、今は舞踏会の準備などでいろいろな人間が出入りしていますから、見知らぬ人間には注意するように。なるべく一人で出歩かないようにしてください。何度も言っていますが、食べ物に釣られてふらふらとついていくのは問題外ですよ。



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